■■ 千円古札と五千円新札の会話 ■■ |
作者:四畳半の住人 |
| B: | うわあ |
| A: | うるさい。静かにしろ |
| B: | どうもにぎやかなところだ。落ち着かないな |
| A: | ん? |
| B: | あ。は、初めまして |
| A: | 何おまえ、新入りだな |
| B: | ええ。わかります? |
| A: | 見りゃわかるよ。 板みたいに背筋のばして…。何だおまえ、五千円か |
| B: | はい |
| A: | 五千円は隣だろ |
| B: | あ。ほんとだ。 いや、あの、レジのお兄さんが間違えたみたいで大変ですね。 お昼のラーメン屋さんって、忙しくて。ぼく、初めて来ました |
| A: | おいおい、おまえ本当に初めてなのか |
| B: | ええ、そうです |
| A: | まさか銀行から直行か |
| B: | はい。さっき下ろされてきたばかりです |
| A: | しょうがない。それじゃ俺が、お札の何たるかを一から教えてやるか |
| B: | 失礼ですが、ずいぶん長いんですか |
| A: | 長いなんてもんじゃないよ。こう見えても夏目漱石の第1期生だからな |
| B: | え。じゃあ、先輩と同期だ |
| A: | 先輩? |
| B: | ええ。YGの355267Tです。知りません? |
| A: | 知らないよ |
| B: | そうですか… |
| A: | まあ、楽にして聞いてくれ。そんなに肩肘張らなくていいから |
| B: | あの、まだ折り目がついてないもんで、どこで体を曲げていいやらわからないんです |
| A: | ああ、そうか。俺なんかもう、折られまくりだからこの、「千」と「円」の間のところ見えるか? |
| B: | あれ。セロテープが |
| A: | あんまり折られて、破れかけたよ。 前の前の人が親切にしてくれたから助かったけど、おかげで俺はもう、自動販売機には入っていけない体だ |
| B: | 大変なんですね |
| A: | 人ごとじゃないぞ。おまえだってそのうちにだな |
| B: | でも、お父さんが「五千円は少し大事にされる」って言ってました |
| A: | ま、まあ、そうだけど… |
| B: | あれ、ここはどうしたんですか? |
| A: | う、うるさい |
| B: | なんかボールペンで落書きが |
| A: | それだけは言うな |
| B: | 10桁か…。電話番号ですね? |
| A: | そうなんだよ!ひどいだろ?普通、電話番号メモするか?俺たちお金だぜ? |
| B: | お、落ち着いて下さい |
| A: | それもアートネイチャーの番号だぞ?覚えやすいんだから覚えろよ! |
| B: | 悩んでたんですよ、きっと |
| A: | 透かしのところ、断りもなくノートにしやがって。 あいつだけは許せん!今度巡りあったら、ただじゃおかないぞ。絶対、復讐してやる |
| B: | そういうこと、あるんですか? |
| A: | 何が |
| B: | だから…、同じ人のところに、もう一回行くことですよ |
| A: | ほとんどない |
| B: | じゃあ、復讐できないじゃないですか。…ところで、どう復讐するんです? |
| A: | まあ、財布から落ちてみたりね |
| B: | ははあ、確かにショックはありますね。でも、千円じゃな? |
| A: | 何か言ったか |
| B: | いえ。何も |
| A: | だが、俺の長いお札人生の中で、一回だけそういうことがあった |
| B: | 同じ人のところに? へえ。あるんですねえ |
| A: | まあ、これもあまり思い出したくないんだけど |
| B: | あ、じゃあ、いいです |
| A: | ここまで聞いたら聞け! |
| B: | うわあ。はい、はい、わかりました |
| A: | 俺の夏目漱石、よれよれだろう? |
| B: | え? あ、ほんとだ |
| A: | 顔のところで何重にも縦に折られてな |
| B: | え。もしかして |
| A: | 下から見て笑ってる、上から見て怒ってる、あれだよ |
| B: | うわ、お札にとって最大の屈辱! |
| A: | しかもつまんないだろ? つまんないよな? |
| B: | まったくです |
| A: | そんな屈辱を受けて2年、ようやくしわも伸びて、すべてが思い出に変わる頃… |
| B: | またそいつのところに転がり込んだわけですね? |
| A: | ああ…。しかも、同じことやられたよ |
| B: | うわ? |
| A: | 同じことやらなくてもいいと思わないか? そうだろ?人間2年も経ったら少しは進歩するもんじゃないのか? |
| B: | 先輩は、なんか運が悪いですね |
| A: | おまえはいいよ。銀行から来て、すぐレジだろ。順調な滑り出しだ |
| B: | そうですか? ぼくはできればこんなラーメン屋じゃなく一流レストランとかがよかったんですけど |
| A: | おまえ、何もわかってないな |
| B: | どうして? |
| A: | 最近はカードが増えて、なかなか潜り込めないんだよ。そういうところは |
| B: | ははあ、そういうもんですか |
| A: | 俺なんか、銀行から来ていきなり銭洗い弁天だよ? |
| B: | ハードですね |
| A: | こちとら紙で出来てんのに無茶しやがって |
| B: | お札って、大変なんですねえ。自信なくなってきちゃったな |
| A: | そのあと競馬場行って、居酒屋行って、ファッションマッサージ行って、ここだよ |
| B: | 裏街道まっしぐらじゃないですか |
| A: | 俺にも、若い頃は夢があったけどね |
| B: | どんな夢ですか? |
| A: | やっぱりアタッシュケースに入りたかったね |
| B: | うんうん |
| A: | こう、なんか上品な感じするだろ? …お。レジが開いた |
| B: | うわ、まぶしい |
| A: | 九千円のお釣りだってよ。こりゃひょっとして |
| B: | うわ、つかまれた。もっと優しくして |
| A: | しばらく一緒の旅に出ることになりそうだ |
| B: | よろしくお願いします |
| A: | しかし店内はニンニク臭いなあ(以下無音) |